経験の数だけ書くことがある

こういうライティングの仕事を受けてると、様々なジャンルの依頼を受けます。硬いのから柔らかいものまで。
依頼内容そのものに合わせて、ネタ出し、取材、調査、推敲をやっていきますが、いつも思うのが人生経験が多い程、書く内容が濃くなるし、真実の厚みが出る物だなということです。
やっぱり取材や調査を元に書いた物はいくらいい内容であっても、実際の体験者が書いた体験物には記事の重さが全然違うとこをいつも感じます。
これ逆にも言えることで、自分が体験したことというのは本当の意味で「自分の言葉」で書け、内容的にも充実してるのが書いていて、そして読み返してわかるものです。
「傷の数だけ才能になる」とはあるミュージシャンが言ったことばですが、まさに「経験したことの多いさが人間性を大きくするだけでなく、ライターとしての才能の厚みをつくるものだ」ということを実感するのです。
例えば男女の絡みの話しを書くことを例にとると、やはり恋愛っ経験の多さ=引き出しの数となるわけで、書こうとするテーマも多種多様な中から取捨選択できるわけです。
これが、経験が少ないとその少ない中からの経験を書くことになり、その内容も失敗も成功の事例も少ない引き出しからしか出せないので薄っぺらい記事になってしまうことが多いのです。
もちろん経験が多ければいいってことはありません。緻密な取材力、構成力によって「いかにも体験したことのあること」のような記事をまとめる書き手もいるでしょう。でもこれはある意味才能なので誰でも持ってるわけではありません。
もちろん、プロの書き手である以上その才能も必要に迫られますが、あるレベル以上はやはり無理なのです。
芸人の言葉で「遊びは芸の肥やし」という言葉がありますが、まさにそのとおり。遊びも修羅場も経験の多さが「書き手」としての引出しを増やし、迫真の記事が書けるのだと思います。

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